発信キチ
山に向かって歩いて5分
国道から上がってきたところ
水車がHACHIYADO339✳︎の目印
これからの暮らしのあり方 〜自然農・食事・水について〜
山に向かって歩いて5分
国道から上がってきたところ
水車がHACHIYADO339✳︎の目印
滋賀県の淡海の西岸
蓬萊にあるここは
自然のよりそう暮らし發信キチ
HACHIYADO339✳︎
愛
いまは自分が生きるだけで精一杯
いつかきっと教えられる人になる
朝起きたら
火をつける
やかんの水を沸かしているその間に
仏壇と神棚の水を替える
一杯のコップに
沸かした白湯を淹れて湯む。
アーユルヴェーダにもある養生のひとつ。
やってみればわかる。
山の湧き水で、できれば薪の火で。
一緒に飲むひとがいればなおいい。
クウフランは向かいのパン屋さん。
高木さんの焼くパンは、どこか美味しい。
23年の経験と、健康がすべての人の手に届くようにという想い・・・。
ぼくは、HACHIYADO339✴︎のイベント用のメニューに高木さんのパンが作れる事を幸せに思う。
ちなみにCoupFrancはフランス語で、サッカーの試合のFKのことを言うみたい。
高木さんの息子さんがお店の名前に付けたのだそう。
球を蹴る瞬間に自分の邪魔をする敵はいない。
自分がゴールを決めるかどうか。
生花
ここにあるもの
ここにある事
すべては自分が作れる。
今見ている世界はたったひとつの自分が作っている宇宙。
草や木や花を家の中、自分の部屋の中に取り込む
そんな事まで許されるぼくら。
何でも、どんな事でも、
この宇宙に作れる。
ただ思うだけ。
そう成る
・・・
今ぼくは農に携わっている。
お米と野菜をつくる事をはじめている。
まだ
何も感じていない人は、
きっと知らない。
けれど、
大切なのは「いま」。
「今、何が起きているか(何を起こしているか)」という事。
あくまで平均値だが、
人間の一生は100年
犬、猫の一生は15年
蝶々は羽が出てから15日で命を終える。
土の中の微生物は20分で一生を終えて生まれ変わる。
見えない世界は、
その通り見えないけれど、
それぞれの生き物にとって、太陽の光の感じ方が異なるだろうという事は想像できる。
彼らは識っている。
その土の中の菌の情報(太陽の光、温度、風の動き)を、いち早く受け取るのは草や木や花の根、
ぼくらはその表層の、彼らが光をキャッチする部分を見て(目で見える動きの事を)自然とよんでいる。
「美しい」とか「きれいだな」と。
けれど、それは自然の、その全体の半分くらいで。本当は、
見えない部分がある。
人もまた識っている。
本当はどう生きるのがいいのかを。
人も目にみえる肉体だけでなくて
目には見えない魂の動きがある。
目に見えて聞こえることだけを信じて生きない。
地球の一部として、もしくは
この命が愛の存在としてあることを認めたとき、
何かがはじまる。
7年前から今日の日までが「あっ」という間だとしたら、
今日朝から目覚めてから今(夜)までが「あっ」という間に過ぎたのなら、 人生は「あっ」という間に終わる。 だから、
今日を最大にする。
ぼくらの意識はそれを可能にする。
それにいまは地球暦という暦もある。
太陽系に生きる人類としての視点。
ほんとうはどう生きるかをぼくらは識っている
何かしていて、次に何かするとき。
この間に「お茶を飲む」という慣習が、ここ日本に限らず世界中に生きている文化。
自分のためのお茶を淹れる。
それが究極の茶道。
茶を飲むという豊さと、ここに流れる時間に隙を。
いつも心に隙間を、
体の芯に少しだけ(背筋を伸ばすような?)緊張を置く。
規律と文化が私の中にいきてくる
コシヒカリのひいおじいちゃんはアサヒという。
旭一号という。
種の自然交配と人によって選び残され、守られてきた種。
アサヒは科学的な交配ではない。
コシヒカリは旭の4世代あとのタネ
科学的に交配させた種。遺伝子操作もあるとか。、、
お米という命に繋がれた
ぼくらの命が、
今ここにある
そんなことを想像して。
「お米ありがとう」
それなら
ぼくらの祖先、先祖様といっても良い、じいじばあばといってもいい、
田んぼやっててくれた、ぼくらのために。
ぼくら何を成すのか。
人類は今、何をしてるの、、
水汚して、土に化学を垂れ流して、
工場では何かを作り続けていて、
ゴミのことは誰かに放って(ごみ収集場所のあとの事は知らなくてよくなった)
(排水口の先のことが見えなくなった・・)
地球か土か、微生物に任せる??これは知恵だけれど、みんながこの知恵を使わないと!
お米つくる人を、
野菜が育つ大地を、
この国を、守らないと。
この国はそういう国。
北から南、東から西。どこでもお米を育める。
地球の中心。台所。
「ここ」は中心。
7世代あとにこのきれいな星を。
綺麗な水を残す事を「今」に見る
水を汚す事、化学を垂れ流す事、工場で作り続ける事、
ゴミを見ない事、
これはね、終わりが無い。
また売れる、まだ売れると、売り切れてないのに作る事。
飽きたら困るから??
次から次へといつまで・・
昔の、ぼくらの3世代前のおじいちゃんとおばあちゃんは
生ゴミは自分たちの畑に返すか、燃やして量を減らしていた
そういうことを忘れて、ダイオキシンだとかCO2だとか温暖化の問題にすり替えて、家庭で燃やして処理させる事を禁止してしまう、
埋立か一度に焼却。の一択。
埋め立てると言っても、なくなるわけでは無い。
一度に焼却しても効率がいいとは言い切れない。
一人一人にゴミの最後が見えないから、だから地球にかえる生ゴミも燃やせば灰になる紙ゴミも一緒にいれる。結果、大掛かりな施設が必要になって、また燃やすためには燃料が必要で。埋める場所が無ければ海を埋めたてて。。
自分に返ってこないと思っている??
見えないところに行けばいいのかな、それで安心なのか。
地球はひとつ
2世代前は全部そこそこ自分らでやった。
家でゴミを回して焼いて処理して、頭や体やお皿を洗うのは石鹸ぐらいのもので、お米や野菜は自分たちと牛のうんことおしっこで。
反物と衣服の文化、この国の2世代前はすごい!
風呂敷は人の家に行く時には持って行ってた。
行く先に何かを届けるため、行った先から何かを預かって帰るため。
物と人の間に起きる循環
それに、
琵琶湖は果てしなく真っ透明で、子どもも大人もおじいちゃんもおばあちゃんも、手ですくって飲めてたし。
これ、50年前の話。
人が何かを愛する
これが昔と今で変わらないこと。
愛の力はすごいから、もうこれらすべて解決するだけの準備はしているの。
あとは「わたし」の意識を変えるだけ。
ぼくらのまえ7世代とは
破壊と汚染がどうすれば加速するのかを知る7世代、
ここにはじめる7世代は
どうしたらこの地球の水を取り戻すことができるのか、だと思う。
やってみないか。
よく考えて
はじめよう。
もう食器を洗う時に飲めない洗剤は使いません。
除草剤や農薬や化学の肥料も、うんこやおしっこを循環させるように。
牛や馬を飼って家族と共に大地を耕し。
なーんて、もう一度できるかなあ、、
自給自足とは、食べ物と着る物と住むところ、すべての事。
風呂敷で、「これと交換してくれないか」って言えるようなご近所さんと、、
竹あみカゴか、裁縫してつくった布袋もいいなあ、、
すでにあるのに欲しい欲しいとならずに、今あるものから得られるもの考える。
家で出る燃やせるゴミは、燃やしていいことにして、替わりに製品を沢山作っていた会社とゴミ処理施設を小さくしていき
自分の出したゴミのことは自分が小さくするか、循環できるやり方を。
自然な物(自然が作ったもの)は燃やしたらすべて灰になり、灰は畑の肥料となる。
どうしても家庭の範囲では処理しきれないものは埋めるのではなく
利用する事を考えて、、
微生物の力は限りなく大きいことを知る!
7世代あとに生まれてくる子は、
考えてるでしょう、
生きることを。
きっと、きっと、きっと。
ぼくらは力を合わせて、
まず琵琶湖をそのまま手で掬って飲める水に戻そう。
(ぼくは今でも時に飲む、けれど。。除草剤や農薬の時期にはよう飲まない。怖い)
化学肥料に頼らなくでもお米は稔る
コシヒカリも先祖還りする。
やりまっせ!
農体験の作業の間には、命のお米を使ったおにぎりでお昼ごはんが楽しめます。田んぼを使って、定期的に、農的な暮らしイベントを開催しております。野菜の準備、食事の支度がございますので、ご来場の際、前もって一度お問い合わせ下さい。
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