アラヤ識

アラヤとは阿頼耶


日常の意識、経験していることの色。自分に來ること


起きたこと、それは原因による結果

なのだが・・・


アラヤの世界では、アラヤ識で云ふと、

自分に來たことに対する自分の解釈(結果)が、そのまま今生きる現実の世界(原因)をつくる。

となる様なのだ、


つまり・・・

科学で説明されるような、原因があっての結果、ととるのとは違い、

この世界、この宇宙の出来事は、結果がまえにあって、原因が今(まえのあと)に來る



結果とは、自分が決める、ただそれだけ



自分の命があること、この事について。

「いまわたしに命があること」が、自分が決める「結果」か、、

そんなこと(いま命があること)は自分で決めていないと思う人もいるだろう。。


この霊の使命とも云ふ「何事か」に、その命が氣付いたトキ、


自分の目の前に起こることはすべて(自分が決めた結果に対する)原因であり、

その結果は自分の意識が(現実で起こる果より前に因を)作っていること。


これを「識っている」とラムサホワイトブックの中でラムサは『識る』と表現している。



ここに書かれた内容の


識の發動には「純粋に思うこと」が肝となっている。


この説明はどうすれば理解されるだろうかと、

ひょっとしたら、理解される必要は無いのかもしれないと、

けれど、この国で古くから傳られる命も、ハワイのホオポノポノも、ブッダの涅槃を知る赤塚不二夫のバカボンも、川口由一さんの書いた「妙なる畑に立ちて」という本の序文も、福岡正信の自然農の緑の哲学の中にある、其のことも、

禅師、白隠もアインシュタインが10年の時を経て娘に宛てた最期の手紙も、般若心経の空即是色 色即是空ということばも、Michael Jacksonの残した素晴らしい音楽も。

皆同じ事を言っているような、そんな事を思う



暮らし發信代表

熊至朗


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