寺小屋ひちゑ

滋賀県の西岸、蓬萊にありますHACHIYADO339✳︎
ここは自然のよりそう暮らし發信キチ。
熊至朗は子どもの教育について考えます。
ここは志賀。

こどもらと楽しみながら田んぼの活動や生活のまなびをやろうという試みに、

意識を注いでいます。



何も知らずに

本当に、社会の構造や、

この自分が一体何をやりたいのか、この人生において何をするのかを

一切、解らずに

なった公立中学校の教員は、身体と頭の両方に不調を抱えて、職場にも家の外にも行けなくなり、投薬治療という名の薬地獄と引き換えに

職場に戻ったかと思えば、また休職。これを三度も繰り返して、やっと。。

やりたいことは見つける事ができました。


けれど、そうなるまでには何度も何度もやって來る新しい出会い。

その都度この體と向き合ってきました。

対岸の守山、近江八幡、そして高島、学校を辞めても続けても、自分との出会いと學びは尽きず、


HACHIYADO339✳︎では、2020年3月19日に、初の339イベントとして


「寺子屋ひちゑ」


という”學”(”まなびや”)を開催しました。


このプロジェクトとしての寺小屋は、ほんのところは、イベントではなく、熊至朗の考える”教育”です。



 この国にある「暦」を教え傳えること。漢字の読・書き・数読みを教えることよりも大事なこと。

あるときからぼくは「じぶんに流れる時間」の大切さを知るようになりました。

「こよみ」とは、九讀みだと。


ヒフミヨイムナヤコ十のコを読む。

これはおおきな事です。


そもそもの話をします。

子供と大人を隔てる明確なラインは存在しません。そもそも大人とは、

大きくなった人の子にほかないのです。

重要なのは、何を食べて大きくなったか、桜沢如一さんも、かの有名なマクロビオテックの本に

名言を残しています。


食に関して子どもは無知ですが、

子どもそして親が食に関して正しい価値を形成しきれずに日常を過ごしています。


”食事とは妙なるもので、わたしたちはわたしたちが食む(はむ)ものでできている”ということを理解するところから様々な生活の変化が「わたし」に訪れます。


もう一度くり返しますが、食に関して子どもは無知です。

ということは、知らないまま育った大人も「食」に関してほとんど無知だと云ふ事。



【寺小屋ひちゑ】


いま、9つまでの子に勉強する会をひらくことを想像し、ほんにそれをするにはどうすればよいかをみています。

価値観の形成の段階からすると、13才までに、味覚を含めて一通りのことを教えて(出会いの機会を与えて)おく必要があります。


今や、コンビニやスーパーで、限度を知らない添加物の入った食品、農薬、化学調味料、糖を含んだ食品の数々、、


学校という場では教育しきれなくなったこの時代に、
親はよっぽど賢く聡明な判断がなければ、外的な価値に踊らさせられて、何がほんに正しいことかすら見えなくなり、物事をとらえる判断基準さえ

内ではなく外に委ねるあり様。


こんな時代にこそ、寺小屋は必要だと考えます。


おにぎりと水だけを持って山を歩く、
暦とわたしを知る、

田んぼに出て落ち穂を拾う、


寺小屋における学びは、我が人生において大いなる出会いである必要があります。

食べるから歩ける。飲むから生きている。

こよみとは我に流れ來る時間と空間である。

落ち穂を拾う事は、ただの労働ではなく、その行為は目的と直結しているゆえに、

その学びは大いなるものと云る。


ぼくがその学びの場を企画して、準備を整えることで、あとのみらいをみています。
寺小屋の子に、まず「わたし」を、
そして「わたし」の親、
「わたし」の周りの人、
「わたし」を含めたこの星に住まう人
を尊うような、コの中に成す大いなる見識をその子の内に形成して行く場にします。
この地球はそう、、星単位でもの事をかんがえるとき、人間だけが住み良い場などありえない、
これをまず大人が理解する、それから
このことを理解した大人が、ぼくらが、世代に渡って氣付けば、
この地球にある「全てのいのち」が映える星
となる。

そうなるのには、そんなに時間は掛からないはずです。

 339の學(まなびや)では、お米をつくる事

これを中心にします。

人の世は、田畑ばかりをしているわけでは無いですが、「わたし」の暮らしの中心には、食べものを作る(育てる)ことがあり、そうして大地の育んだ食べものを食むことは、ご飯を支度することも含めて、人が人の中で暮らす根本的な要素だとして理解しているので、ことこの學(まなびや)にあっては、ゆるぎない理念がありますから。
 熊至朗が、ほんに大事にしたいのは
暦を取り戻すこと。(暦を思い出すという方が正しいかもしれない…)
こよみはこの国の四季にあった旧暦、このシンプルにわかりやすい暦(こよみ)をもとにして、
教える方と教わる方が、共に學びを獲得すること
この姿勢を互いが持ち、正しい姿勢を続けることで、これから時代を生き抜く
知恵と、ぼくら生きるこの命が地球上のあらゆる生命と共鳴しながら、「わたし」もこのほしに生きる命であるその妙なるを知る。
繋がれた一つの命を理解した上で、自然と共存するのに
今わたしがすべきことは何か、この時代を生きる上で、ほんに必要な事は何か。
霊(たましい)の存在に氣付き、
聡明な判断ができる人間になる。
時代をよみ世の仕組みも理解する。

人を育てる・ぼく自身も育つ。そういう人間に成長する。

という点を重じて、HACHIYADO339✳︎は田んぼのイベントを企画して

ゐます。

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